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「ドーハの悲劇、もう忘れて」=イラク選手が政治に転身−サッカー

あのフセイン政権下、やはり相当ひどいことが行われていたようです。「負けて帰ったら拷問」ですか!まあ反逆者と違い選手生命または生命にかかわるほどではないようですが、この記事からは。
昨今は自爆による無差別テロが目立ってますが、議員さんの身分は安全なんでしょうか。「スポーツによる青少年の育成」は素晴らしいことですが、充分ご注意いただきたい。
「ドーハ」はどうなんでしょうかね。マスコミは定冠詞のように使いますが、当時中学のサッカー部員だった少年がいたとして、今年はもう30歳前後です。その後連続出場してるわけですし、もうあまりその言葉自体に意味はないんじゃないでしょうか?

www.jiji.com
 「日本のような偉大なチームを苦しめることができたのは光栄。だから日本のファンにはあのことはもう忘れてほしい」。いまだに日本サッカー界で語り草となっている「ドーハの悲劇」について問われたイラク国民議会の新議員アハメド・ラディさんはこう言って笑った。
 1993年10月、カタール・ドーハでのワールドカップ(W杯)米国大会アジア予選最終戦。日本代表は終了間際にイラクから同点ゴールを奪われ、土壇場で悲願のW杯初出場を逃した。その試合でイラクの1点目のゴールを決めたのがラディさんだ。
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